フリーター時代の思い出の車‐車は家になっていった

フリーター時代の思い出の車‐車は家になっていった

私が車の免許をとったのは大学4年の夏休みでした。

 

私が乗っていた車は中古車で乗り心地がいいわけでもなく、狭いし冷暖房もすぐきかないような車でしたがワインレッドの車体に丸いライトが飛び出していて、まるでデメキンのようでとても可愛くて気に入っていました。

 

 

 

小さい軽自動車なので山などの斜面を登ろうとすると「フォーーン」と頑張ってくれるところも不便でしたが大好きで、一緒に乗っている友達と「がんばってー!もう少しで着くから!!」など言って車ではなくてペットのような感覚で乗っていました。

 

 

 

すぐに就職する気もなく、ずるずると大学を卒業してしまってフリーターになってしまった私はいくつかアルバイトをかけもちしていたので、朝この車に乗って一つ目のアルバイト、他のバイト先にいくまでに車内でお昼を食べて夕方仕事が終わると車でタバコを1本吸ってから帰る。

 

 

 

また、土日は派遣の仕事をしていたので現地まで車で行って時間まで車で昼寝をしたり音楽を聞いたりと、車の中が段々自分の部屋のようになっていました。

 

大学にも実家から通っていて門限もあり一人になれる時間や場所がなかった学生時代と違い、車で出かければ少し遅く帰っても大丈夫で、誰にも邪魔されることなく一人の時間ができ、しかも自分で遠くまで出かけることができるようになったのが嬉しくて、車に名前まで付けて自由を満喫しました。

 

免許を取る前は「車なんて乗らないから免許いらない」と言っていたのですが、いざ自分の愛車ができると毎日乗って出かけてしまうものです。

 

そんな私がその愛車を乗らなくなったのは、結婚して地方から東京に出るとき。

 

維持費がかかってしまうことと、都内では駐車場の料金が今までとは比べ物にならないくらい高くなってしまうので実家に置いていきました。しばらくは置いておいたのですが、車検のタイミングで4年ほど乗った愛車を手放しました。

 

ちょうどその頃、東日本大震災が起こり東北で車が不足していると言われていて、私の車もそちらに行ったようです。
愛着があった自分の車が今大変な思いをしている人たちに役にたってくれているかもしれないと思うと、寂しいけれど悔いなく手放せました。

 

東京から主人もつれて実家に帰ってきてから、やはり車が必要になって他の車に乗っていますが、いくら広くて座席の座りごこちがよくても、あのデメキンのような車が恋しくなります。